私は20代の一時期、けっこうストリクトな「玄米正食」をしていた。
玄米を食べ、有機野菜を食べ、肉を食べず、あらゆる添加物を忌避した食生活を半年ほど送っていたことがある。
おかげでたいへん身体はクリーンになった。
ついでに精神もクリーンになった。
そうすると、まわりで肉を食べている人間や、砂糖入りの食物を食べている人間や、添加物が入っているものを食べている人間を見ると「ゴミを食べている」ように見えてきた。
「ゴミ食うのやめろよ」と私は善意から忠告する人間となった。
言われた人々は一様に不快な顔をした。
まあ、当然ですね。
でも、そうこうするうちに、友人たちとでかけても、私は彼らが食べるものを口にできず、彼らが飲むものを見ると反吐が出そうになった。
その結果、友人たちの誰ともいっしょに会食できない人間となった。居酒屋に行っても食べるものがなく、レストランに行っても何も美味しくない。
そこで私はやや反省した。
わが身ひとりがクリーンになる代償に友人たちを失ってよいものであろうか。
かなり真剣に考えた。
そして一大勇猛心を発揮して、わが身の健康を棄てて、ジャンクな連中との友情を選ぶことにしたのである。
以後私は誰がどんな危険な食物を食べていようと、にこにこ笑って「あ、そういうのが好きなんだ、ふーん。おいしい?」と言えるアバウトな人間になった。
この選択が正しかったかどうかは分らない(なんだか間違っているような気もする)。
内田樹の研究室: たべもののうらみはこわい (via korimax)
精神がクリーンな人は周りの人間に「ゴミ食うのやめろよ」とか言わないだろう。