・昔の体育会系のクラブ活動などでは、
上級生が、下級生を「しごき」と称して、
過剰に厳しく練習させたり、
じぶんたちの私用を言いつけて働かせたり、
というようなことがありました。
幸い、ぼくは、そういう場所にいなかったので、
友人たちから、「こうなんだぜ」と聞いただけですが、
軽い上下関係から、人権侵害じゃないかという場合まで、
そういうことは、よくあったようです。
そういう関係が、何重にも悲しいのは、
虐げられていた下級生が、じぶんが先輩になったときに、
じぶんがされていたのと同じことを、
下級生に繰り返すという「伝承」があることでした。
さんざんされてイヤだったことを、
他の人にさせてやれ、と思えるんだ‥‥ということが、
なんだかとても気持ちわるく感じたものです。
<してもらって、うれしかったことをしたい。
されてイヤだったことは、したくない。>
そんな簡単なことを思うだけで、
なんともイヤな「伝統」は、断ち切れるのにねぇ。
上級生が、下級生を「しごき」と称して、
過剰に厳しく練習させたり、
じぶんたちの私用を言いつけて働かせたり、
というようなことがありました。
幸い、ぼくは、そういう場所にいなかったので、
友人たちから、「こうなんだぜ」と聞いただけですが、
軽い上下関係から、人権侵害じゃないかという場合まで、
そういうことは、よくあったようです。
そういう関係が、何重にも悲しいのは、
虐げられていた下級生が、じぶんが先輩になったときに、
じぶんがされていたのと同じことを、
下級生に繰り返すという「伝承」があることでした。
さんざんされてイヤだったことを、
他の人にさせてやれ、と思えるんだ‥‥ということが、
なんだかとても気持ちわるく感じたものです。
<してもらって、うれしかったことをしたい。
されてイヤだったことは、したくない。>
そんな簡単なことを思うだけで、
なんともイヤな「伝統」は、断ち切れるのにねぇ。
ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次 (via crammix)
ちょっとだけ難しいんじゃないかと想像するのは、このシゴキをされた方は「しごきによる成長」を、理不尽なしごきを乗り切るための自分への理由付けとして思っている可能性があるんじゃないかと。つまり次に下級生が入ってきた時の「しごき」も「教育のために必要」という正当化をしている可能性があり、しかもその正当化はこれからするしごきの正当化というよりは「しごきに耐えなければいけなかった自分」という過去への正当化だから、本人も簡単に覆せないだろうことかな。